8月 22, 2011

Step 8


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神のみこころとは

神様のみこころとは、一番目に、イエス様が十字架に架けられた事のように「神様が予め意図されていた計画」、二番目に、「あなたにこうあってほしいと神様が望まれている事」、三番目に、戦争のように神様が起こした出来事ではないが「起こる事を許しておられる出来事」などです。三番目のように神様が許容しておられる出来事は、人間の罪や自分勝手な行い故に起こる事ですが、一番目と二番目のみこころは、あなたにとって最善のものです。人間はあらゆる経験や知識を使って、こうした方がいいという意見や歩み方を持ちますが、神様の方法・道はそれにもまさって最高に素晴らしいものなのです。(Our way is better, but His way is the best!) ですから、神様が望んでおられる事を知り、そのみこころにかなった生き方をする事こそ、神様に喜ばれ、またあなた自身も最高の祝福を受けながら歩む事ができるのです。

次のステップ9で、具体的にどのように神のみこころを知れるのかを学びますが、ここではまず、 神の御心がどのようなものなのか、を見て行きましょう。

1: 神様がすでに計画しておられる事(絶対的な意思)

イザヤ46:9、11

「わたしが神である。ほかにはいない。わたしのような神はいない。〜 わたしが語ると、 すぐそれを行い、わたしが計ると、すぐそれをする。」

まず初めに、神様がすでに決めておられた計画に関しては、議論の余地がありません。聖書からたくさんの神様の御業が学べます。この世の創造、人類の始まり、救い主の誕生、キリストの死、新しい天地が造られる事、人間には死後のさばきがある事などたくさんあげられるでしょう。あなたの人生においても、神様が特別に出会わせて下さった人や置かれている環境なども、神様の計画、ご意思のうちにある事がたくさんあります。これらの、神様の絶対的な意思に関しては、あなたの願望や選択に関わらず神様が主導権を握って事を成されるのです。

2: 神様が望まれている事(霊的な歩みや道徳的な事)

聖書からはっきりと、私たちの歩み方に対するみこころを学ぶ事ができます。私たちが何を信じ、どのように行動するべきか神様が望んでおられる内容が明らかに示されています。これらの事を心にとめ、行っていく事は神様に喜ばれる人生を送るため、また天の御国に入れさせて頂くためにも(マタイ7:21)とても大切です。

例えば

* 神はすべての人が救われる事を望んでおられる(第一テモテ2:4)

→ 私が救われた事も神は喜ばれた。私も他の人に福音を伝えるべき。

* この世の基準に従ってあゆむべきではない(ローマ12:2)

→  御霊に満たされて歩むために、罪を告白し、祈りを持つべきである。

* 神を愛し、周りの人も愛するべき(マルコ12:30、31)

→  神をいつも第一とし、人に対しても自分勝手にふるまうべきではない。

* いつも喜び、感謝の心をもつ (第一テサロニケ5:16−18)

→ 大変な状況に合っても、神様からの祝福を考えるべき。

* クリスチャンでない人と同じ生き方をしてはいけない(第二コリント6:14)

→ 一致が持てないのでクリスチャンでない人との恋愛関係や結婚はさけるべき。

これらはほんの一例にすぎませんが、聖書をみるとはっきりと、私たちがするべき事がたくさん示されています。だからこそ、聖書を学び、神様について、また神様のみこころについて学んで行くことが必要なのです。 時には、このように明らかなみこころさえも行なえない事がありますが、少しでも神様に喜ばれることを選択できるように祈り、神様が言われる生き方をしようと努めていく事は必要です。主なる神様に従っているという態度がそのような行いに現れるのです。それはあなたの神様への従順さを示します。神様を本当に愛するなら、神様の喜ばれることを選び、神の戒めを守ることは重荷とはならないでしょう(I ヨハネ5:3)。あなたにはすでに聖霊が住まわれて、自分の力だけではできない事ができるようにと、助けが与えられているのです。

あなたは、自分の人生の主権を主にお委ねする必要があります。神様ご自身があなたの人生を通してみこころを成してくださるのは、自分の意志にとらわれた生き方をしている時ではなく、全能なる主に主権をお渡し、結果を委ねている時です。それがみこころに従順であるということであり「どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」(ルカ1:38)と、主に身を委ねた従順な生き方であります。「従う事」「委ねる事」を意識してみて下さい。

3: 神様が、起こる事を許されている出来事

ロ−マ8:28

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて、益として下さることを、私たちは知っています。」

これは、神が意図的に計画したり望まれたりして起こった訳ではないけれども、神の大きな人類の計画の中で、起こってしまう事を許容されていること、と言えるでしょう。

クリスチャンであるがため殺されしまう国などもあります。戦争や差別や多くの社会問題、また個人レベルでもなぜこのようなことが起こっているのか、と疑問に思う事が誰にでもあります。ある人は神を責めます。しかしこれらの悪は、人間の罪ゆえに起こっていることであって、神様が主導権を握って起こされた事ではないのです。

なぜ神が許されているのかその時はわからないことが多くありますが、後になると神様のみこころに沿って益になっているとわかる事がすでにたくさんあります。神の意思でない事までも、すべては神の御手の中でゆるされて起こっているのです。神は偉大な方ですから、すべてに目的と意味を持っておられます。私達にその出来事の意味がわからないからといって、否定的になるのではなく、すべてのものを治めておられる神に、主導権をゆだね、あなたが今の環境において何をするべきか祈り求めましょう(伝道者の書12:13-14)。

<< まとめのことば >>

一にある絶対的な神様のご意思と、二にある神様があなたに望まれる歩みを、聖書にははっきりと書かれている箇所がたくさんあります。しかし人生の中での細かい(けれども大切な)決断に関しては、聖書にはどっちの道へ進むべきか書かれていません。書かれている事に関しては、そのように行えるよう祈りながら努めればよいのですが、何がみこころなのか書かれていない事に関しては、具体的な人生の中での決断に対するみこころを知るために、人間の側でもするべき事がいくつかあります。次のStep 9で具体的な決断の時に、どのように神様のみこころを探っていくのか見てみましょう。

***すべてのものを治めておられる偉大な神様、あなたのみこころに関する真理を理解できますように助けて下さい。また、みこころを悟る事ができるように知恵を与えて下さい。アーメン。