8月 19, 2011

Step 6

 

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どのように祈るのか

 

1:祈る態度

こう祈らなければいけない、という形式はありませんが、聖書にはいくつかの目安として祈りの持ち方が述べられています。下の事項を一つ一つ見て行きましょう。聖書箇所も一緒に開いて下さい。

a) キリストの名を通して祈る(ヨハネ14:13)

イエス様の十字架が、私たちと神様との仲介をしてくださったので、私たちは神様に近づく事ができるのです。「イエス様のお名前によって祈ります」と、言葉と心で祈る事は必要です。(以下「2:祈る際の注意点」の「 a)キリストの御名によって祈らなければいけない」を参照。)

b) 父なる神に対して 祈る(マタイ6:9)

イエス様が、このように祈りなさいと示して下さった主の祈りの初めにも、「天にいます私たちの父よ」との呼びかけがあります。この世を創造した偉大な神様、今も生きている神様は一人だけです。他の何かに祈るならば、それは偶像礼拝になってしまいます。(以下「3:祈りの模範-主の祈り-」を参照。)

c) 御霊によって 祈る(エペソ6:18、ローマ8:26)

私たちがどのように祈ってよいかわからないときも、御霊ご自身が助けてくれます。御霊の働きに、心をゆだねながら祈りましょう。

d) 信頼して、 信じて祈る(マルコ11:24)

絶対の真理なる聖書が、神が祈りに答えて下さる、と言っているのですから、疑わずに熱心に祈りましょう。

e) 忍耐して、熱心に 祈る(マタイ7:7、8)

祈りが答えられるには、時には時間がかかることもあります。神様はベストなタイミングを持って下さっていますから、忍耐して祈り続けましょう。

f) 絶えず祈る (コロサイ4:2、第一テサロニケ5:17)

祈りは願い事だけではなく、神様への賛美、 罪の告白、 感謝、とりなし、も含まれます。絶えず、これらの事が心にあり、祈りを捧げている事は、神様に喜ばれる事です。

g) ありのままをかくさず祈る (マタイ6:8)

神様は、あなたのすべてをご存知です。問題も、行く先もご存知です。素直に神様に身をゆだねて、感じる事をすべて祈ってみましょう。あなたからの神様への祈りによって、あなた自身が気づかされる事があるはずです。

h) 具体的に祈る (ピリピ4:6、第一ペテロ5:7)

神様はすべてご存知でも、あなたが具体的に祈る事によって、ひとつひとつを神様に信頼してゆだねてることになるのです。具体的に祈ると、祈りの答えが明確にわかってきます。

i) 一人で祈る (マタイ6:6)

神様と救いを受入れたあなたは、個人的な関係を持っています。一人で静まって、神様の前にでる時間を大切にしましょう。神様はあなたとの時間を嬉しく思っています。

j) グループで 祈る (マタイ18:20)

祈りを通して、クリスチャンの兄弟姉妹と神様の前に出られる事はとても素晴らしい事です。神様の家族としての団結も深まります。

:祈る際の注意点

神様が祈りを聞いて下さる事は、聖書からわかる疑いもない真実です。しかし、お金を無駄使いしながら「車をください」、勉強せずに「100点がとれますように」というような祈りは、自己中心の願いであり、答えられないかもしれません。ここで「祈りが聞かれる」という時、必ずしも「お願い事が叶う」というような意味ではありません。聖書が語る真実の神様は、人間が自分の叶えたい生き方のために利用するご利益宗教の神々ではないからです。祈りが、答えに導かれるにはいくつかの条件があります。

a) キリストの御名によって、父なる神に祈らなければいけない。

上記の:祈る態度、a)とb)は単なる祈りの目安ではなく、条件です。

ヨハネ14:13

またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求める事は何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。

キリストの名によって祈るのは、私たちがキリストの十字架によってゆるされ、神様との交わりが修復されたからです。ですから仲介者であるキリストなしには、私たちは神様に近づく事すらできないのです。イエス・キリストの名によって祈るということは、あなたが捧げる祈り(礼拝、罪の告白、感謝、願い事、とりなし)は、キリストを通して初めて受け入れられるものであり、又、あなたが、子として遣わされたキリストの神性を認め、キリストご自身に信頼をおいているという意味も含まれます。そして、このヨハネのそして、このヨハネの聖句にあるように、祈りがキリストの名によって捧げられると、それがかなえられた時、神様がどれほど素晴らしく恵み深いお方であるか(栄光があらわされる)体験できます。それは、あなたが神様をよりよく知っていくことにつながります。もともとの自分の願いどうりにならない時でも、神様がすべての物事を治めておられる事を知り、あなたに最善の道をご用意されている事を御言葉によって信じる必要があります

b)キリストにつながっていなければならない。

ヨハネ15:7

あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。

なんと寛容な約束でしょう! なんでも願ってよいのです。ただし、「キリストにつながっている」ことが条件です。キリストにつながっているとは、神様を生活の中でいつも第一とし、御言葉に従い、みこころを行う努力をしていることです。何でも願ってよいのですが、キリストにつながっているならば、内容も自分勝手なものになるはずがないのです。

c)祈りの内容は、みこころを求め、みこころにそうものでなければならない。

第一ヨハネ5:14、15

何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いて下さるということ、これこそ、神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いて下さると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。

 

神のみこころについては、Step 8と9で学びます。自分の利益ではなく、神様の願いと目的をはたすために私はどのような歩みをするべきか、とみこころを求める事は 不可欠です。そのような 純粋な動機を持って祈る事が大切です。「キリストの心」を育て、あなたが願う事柄が、神様の思いと一致していくように求めましょう。キリストとの関係の中で、祈りは聞かれ、育まれ、みこころに沿って答えられていくのです。

:祈りの模範-主の祈り-

主の祈りとは、イエス様が弟子達に教えられた祈りです。

マタイ6:9-13

「だからこう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。 御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。   私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。私たちの負い目をお赦しください。  私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦しました。私たちを試みに会わせないで、 悪からお救いください。』」

主の祈りは、祈りの模範です。一語一句このように祈らなければいけない、という意味ではなく、祈りに含まれるべき内容を教えています。

-「天にいます私たちの父よ。」:誰に向けて祈るのかを教えています。被造物の父、又、信じる者達すべての父である神様に対して祈ります。

-「御名があがめられますように。」:神様を礼拝し、神様がどういうお方かを知って賛美する事を教えています。

-「御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行なわれますように。」:自分の願い事を中心にするのではなく、神様のみこころが成されるようにと祈るべきです。

-「私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。」:あなたの必要を神様が満たして下さるように祈りましょう。

-「私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人を赦しました。」:神様に自分の罪を告白し、神様がまず赦して下さったので、周りの人を赦すべきです。

-「私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。」:罪に打ち勝つための助けとサタンの攻撃からの守りを願うものです。

<< まとめのことば >>

祈れば祈るほど、神様について、また神様の視点で、神様ご自身が物事をどのように見ておられるのかをより一層理解できてくるでしょう。会話である「祈り」とは、一歩的な申し立てでなく、「聞く事」も含まれます。心と霊を静め、あなたの内に宿る聖霊の働きに聞いてみましょう。神様とのコミュニケーションを大切にして、神様との関係を楽しみ、救いの喜びを持って生活しましょう!

*** 恵み深い神様、私に祈り方を教えて下さい。聖霊が私の祈りを導いて下さい。あなたにひとつひとつの願いを、感謝を、罪の告白を、祈りをもって捧げる事ができますように整えて下さい。アーメン。