8月 16, 2011

イエス・キリストの十字架とは

「罪とは」では、私達人間はみんな罪人であり、神から離れている事を学びました。罪人である私達と、イエスキリストの十字架にはどういう関係があるのでしょうか。イエスキリストは、神様の子供で、なんの罪もない方です。

人間の体の形をとってこの世に来られましたが、罪の性質に関しては私達とは全く違うお方です。キリストにはいっさいの罪などありませんが、私達はどこまでがんばっても罪人です。努力しても、勉強しても、良い行いを積んでも、私達の罪の「性質」を取り去る事はできません。

 

ローマ6:23

罪から来る報酬(結果)は死です。しかし、神の下さる賜物(無料のギフト)は、私達の主キリストイエスにある永遠のいのちです。

 

人間は皆いつか死んでしまいます。罪の状態のまま死を迎えると、肉体的に死ぬだけではなく、霊的な死も迎えなければならず、神様と永遠に過ごせる天国へ行く事はできません。また、この世の人生でも、神様から離れて生活しているので、神様が私達に用意して下さっている最高の人生を知らずに時がたってしまいます。

第一ペテロ2:24

(キリストは)自分から十字架の上で、私達の罪をその身に負われました。

それは、私達が罪を離れ、義のために(正しく)生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

 

第一ペテロ3:18−リビングバイブル

一度も罪を犯した事のない、潔白な方であったにもかかわらず、私達罪人のために一たび死なれたのです。それは、私達を確実に神様のもとに導くためでした。

 

そうです! イエスキリストの十字架は私達のためだったのです!罪のない方だけが、罪をとり去る事ができます。私たちが罪ゆえに、受けなければならなかった死(永遠の滅び)をキリストが十字架で身代わりになって取り去ってくれたのです。

それは、私達が神様との個人的な関係を持ち、この世の人生を豊かに生き、また、永遠に生きることができるように(天国に行く事ができるように)です。「神とは」 で、神は罪のない方である、また神は愛である、と学びました。十字架でのキリストの死は、私達への愛ゆえ、私達を罪から救うためでした。

ローマ5:8

私達がまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んで下さったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

 

次の「救いとは」では、罪から救われる事、神様のゆるしと愛を自分のものとしていくことについて学びます。是非、続けて学んでみて下さい。