8月 2, 2011

聖書の真実性

吹田聖書福音教会 初代牧師、高木先生による「聖書とは」より

聖書は普通の本ではありません。いろいろな学びがこのサイトによって提供されていますが、聖書の中身に入る前に、聖書が言っている事がどうして本当なのかを見てみましょう。

聖書は絶対的な神の言葉であるからこそ、信じる価値があり、またその中で言われている事を生活に適応して行く事が大切なのです。

歴史に、文化に、個人も人生に大きな影響を及ぼして来た聖書、人生のガイドブックと言われる聖書がどうして真実の神の言葉といえるのかを見ていきましょう。

1、聖書は世界でもっとも。。。

(1)発行されている

聖書は毎年、世界中でベストセラーなのです。世界で年間2億冊5千4百万冊、日本だけでも年間730万冊が発行されています。15世紀にドイツでグーテンベルクが印刷機を発明しましたが、最初に刷られた本は聖書だったのです。それ以来、聖書は去年も今年もベストセラーなのです。

(2)多くの言語に翻訳されている

いくつ言語があると思いますか、といわれれば、100数えるのも大変でしょう。聖書はすでに約2000近い言語に翻訳され、今もその数は増え続けているのです。こんな本は他にはありません。(ノーベル賞受賞作品ですら何か国語に翻訳されるでしょうか?)

(3)迫害を受けた

聖書ほど、歴史の中で支配者達から嫌われ、迫害を受けてきた本はありません。例えば、3世紀のローマ皇帝による迫害や(ディオクレチアヌスは徹底した迫害の後「キリスト教は滅亡した」という記念碑まで建てたそうです)、ティンデルが作った最初の英語訳聖書に対する迫害(印刷された1800冊の内、今では2冊の断片のみ)等常に歴史の中に見られたことです。聖書が迫害されてきた理由は、例えば、聖書が神の前では全ての人間を等しく尊い存在だという価値観、人間は支配者も庶民も同じ罪人であるという聖書の人間観…といったあたりが専制的な政治体制からは嫌われたのでしょう。

(4)人類に影響を与えた

聖書ほど人類の歴史・思想・哲学・法律・政治・文化…等々に影響を与えてきた本はありません。民主主義の考え方、リンカーンによる「人民の人民による、人民のための政治」というのは、ウィクリフ聖書の序文にある「聖書は、人民の、人民による、人民のための政治を可能にする」という言葉からきています。日本の憲法でさえも、英米の法律をもとにして作られたので、そのもとの基盤は聖書なのです。女性の地位の向上においても、明治、大正時代にこの働きに生涯をかけた多くの人達はクリスチャンでした。聖書は神の前には、男性も女性も平等だと教えているからです。

2、有名人の聖書観

また、世界に多くの影響を及ぼした人達が(「有名人の聖書観」をクリック!)、聖書の事をこのように言っています。彼らの価値観が聖書にもとづいてのものなので、彼らが世の中に及ぼした影響というのは、聖書の影響をうけていることになります。


3、聖書の成立

聖書の不思議な成り立ち方をみても、聖書が普通の本ではないことが明らかです。

(1)聖書は約1600年間かかって書かれました

その最も古い部分は紀元前1500年頃書かれたと言われます。日本の古典である「古事記」や「日本書紀」が8世紀のものであることと比べると、それより2000年以上古いわけですから驚かされます。

更に書き続けられた期間が1600年にも渡ることも考えてみると驚異的なことです。「1600年」とは、日本では明治維新から約100年余り、アメリカが 建国以来約200年余り、ロシア革命から100年たたないうちにソビエト連邦が解体したことなど考えますと、少しはその「長さ」が実感できる実感できるでしょうか。そのような本は他にないでしょう。

(2)聖書は約40人の著者達によって書かれました

彼らの身分は色々であり、職業も色々、時代も色々、生活した土地も色々でした。ですから、彼らは多くは互いに連絡できず、互いが書きとめていたことも全く知りませんでした。その人達が書いた者は「聖なる本」としてそれぞれの地域で保管されていました。それが紀元前5世紀に集められて今ある旧約聖書の39冊となったのです。

(3)聖書には調和と統一があります

これらのことを考えますと、聖書が今一冊になっているということ自体が不思議なことなのです。長い時間、多くの著者…しかし統一された主題で貫かれており、一人の主人公キリストを中心にして書かれています。今でも「聖書は誤りの無い神の言葉だ」と主張されるように、見事に全体が調和しているのです。そして矛盾が全くありません。

(4)聖書は普通の本ではない

なぜこのようなことが有り得るのでしょうか。聖書自身は、聖書は神のことばだから、と主張しています。人間が書いた、その背後に、真の著者としての神の働きがあった、ということです。

第二ペテロ1:21

なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人達が神からの言葉を語ったのだからです。実際に書いたのは人間ですが、彼らは彼らは神から掲示を受けて、それをそのまま書き記した代筆者にすぎないのです。聖書は神のことばであると、聖書自体が主張しているのです。

 

4、神の言葉であると信じる根拠ーユダヤ民族の預言の成就

ユダヤ人ほど波瀾万丈の運命をたどった民族は他にいません。イギリスの有名な歴史家であるアーノルド•トインビーは「ユダヤ人が現在存在する事自体が奇跡である」と言いました。彼らは三度祖国を失い、2600年間世界各地をさまよい、行く先々で迫害されてきました。しかし、民族の純粋性を失わず、滅びもせず、1948年にイスラエル共和国を築いたのです。

これらの歴史は、起こる前にすべて聖書に預言されていました。それは、聖書の教えている神がまことの神であることを人間にわからせるためでした。神は預言を用いて、それを歴史の中で実現し、人間が神の存在を認めるように、という方法をとったのです。

イザヤ48:3

先に起こった事は、前から私が告げていた。それらは私の口から出、私はそれを聞かせた。にわかに私は行い、それは成就した。あなたがかたくなであり、首筋は鉄の腱、額は青銅だと知っているので、私はかねてからあなたに告げ、まだ起こらないうちに聞かせたのだ。「私の偶像がこれをした」とか、「私の彫像や像がこれをした」とあなたが言わないためだ。

 

5:キリストについての預言

聖書の主人公は、イエス•キリストです。キリストは予告なしに突然来られたのではなく、彼が生まれる事は何千年も前から旧約聖書の中で詳しく預言されていたのです。キリストがいつごろ、どこで生まれ、どのような生涯を送られ、どのような死に方をされるかなど、キリストについての350ほどの詳細な預言がありました。

 

  • 人種•家系•誕生地
  • 来られる時期(ダニエル書 9:25、26より)
  • 十字架での様子について(イザヤ書53章より)
  • キリスト誕生の預言の実現

キリストの預言によって、聖書が普通の本ではないこと、そしてキリストはふつうの人間ではないことが示されます。偶然にしては不思議すぎる一連の出来事と、完全なタイミングが重なって、キリストは預言どうりベツレヘムで生まれたのです。

このように聖書とは、その発行のされかたをみても、社会に及ぼす影響をみても、作られかたをみても、歴史と預言の成就の面をみても、普通の本とは言える事ができないでしょう。神様から私たちへ当てられた手紙なのです。もし聖書が普通の本ではなく、神様から私たちへの個人的なメッセージが入っているとすれば、この聖書をいう本を、あなたも私も無視する訳にはいけません。

まだ神様に対して確信がない方は、ファーストレベルの内容から、もしクリスチャンになられた方であれば、セカンドレベルの内容を是非見て下さい。神様の真実を知る事によって、必ずあなたも目が開かれ、より祝福を受ける人生を歩む事ができるでしょう!